キミ、退屈なんでしょ?

このブログは、「当たり前」を深く追求する、見てくれた人の世界を一変させる、24時間365日出会える、「なかだみきと」のフロントエンドです。

「手触り感」ってのが好きなんだけど・・・その言葉って・・・

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男友達とパスタ食べたぜ!
 
ちょりーっす!
おら、みきと。
 
やっぱランチは、女性が多いね。
 
そこでね、赤ちゃんがよ!
寝ながら仰向けで、ほ乳瓶でミルク飲んでた!
 
なんだろう・・・。
かわいいと言って良いのか、なんか・・・心がざわつく光景だったぜ!
 

 
今日はね、「手触り感」ってのが好きなんだーーー!!って話。

 

手触り感

お触り感じゃないよ!!
・・・まあ、近いんだけど。
 

やってる感がない

なんか、あれっ?おかしいな?って気が付く瞬間
何かしてると、なーんか、あんま「やってる感じ」がしないなーって時、なーい?
 
ズレてる感、納得がない、当たってないとか、そういう感じ。
たとえば、相手の話がぜんぜん入ってこないときとかさ。
あとは、何かやってるときに、全然進まないときとかさ。
 
 
そんな時ってね、結構怖いのよ!
これ、あってんの?とか、悪くないけど、なんか気持ち悪い!とか、そんな実感が湧いてきちゃう!
 
そういう時、この「手触り感」が、大体抜けてる時が多いね。
 

 

手触ってる?

まあ・・・ほら・・・例えばよ?あくまで例えばだけど!
何か、触るじゃない?なんでも良いのよ?
例えば・・・柔らかいもの、温かいもの、とか。
何を想像するかは自由だよ。
 
てか、周りのなんか触りやすいもの触って!

ほら触って!

触った?
 
そんとき、自分の「意識の優先順位」が指先に集中するじゃない。
今足の裏のこと意識してる??
何か、明日のこととか考えてる??
昨日あった嫌なこと考えてる??
 
あったとしても、指先が優先じゃない?
 
そこにね、私は「自分」を実感してるのさ。
 

そこにいる「自分」

デカルトが、「Je pense, donc je suis」って書いたじゃない?
 
あ、ちょっと溢れる知識が飛び出しちゃった!
(うそうそ、今、Wiki見た。)
我思う、故に我あり」だね。
 
この世は全部嘘か夢、自分の存在さえ疑わしい!って、ダークサイドに陥ったときでも、その「疑っている自分」を「自分」は認識している。
その「自分」をこれ以上疑えないなら、確かに自分は存在しているのだ!っという話。 

 

・・・多分。
 
まあ、自分が自分じゃなくなるときあるじゃない?
さっきの、人の話聴いてねえなーとか、作業やってるけど上の空だわーとか。
 
そんな時、なんか「触ってる」と、現世に「戻ってきた感」があるのさ。
何ていうのかな、「リアル感」?
 
逆に言えば、「リアル感」が無いときは、落ち着いて現世に戻ってくると良い。
何か不安で、落ち着いていられないとき。
誰かのことを、悪く思って、頭から離れないとき。
 
そうやって、頭だけが暴走しているときは、「手触り感」を取り戻して欲しいな!
 

もう一つの手触り感

あと、ガチで触らなくてもいいからさ。
会話してるときに、相手に触れる感覚を持ってみて!
そんとき、顔を「ニヤニヤ」させないでね。
 
そうすると、相手とコネクトした感じが出来上がるんだ。
何となく伝わるというか。
相手の機微に触れるというか。
 
そうすると、相手が何を実感してるか、思っているか、何となく分かる。
 
その瞬間が面白いんだ。
感覚が高まるんだよね!
 
そうなると、会話の質がグッと高まる!
言葉を超えて、共鳴するというか!
それが、すごく楽しいんだよね。
 
逆に面白くないときは、どっかに相手を触れることを拒否ってる
もしくは、相手が、すげえガサツか!
 

コネクトする

ということでね、「手触り感」がないときは、相手とコネクトが切れてるんじゃないか、もしくは、向き合ってるものとコネクトして無いんじゃないかという話。
 
私は、集団ってのが得意じゃなくて。
それは、この「コネクト」っていうのをどうしても優先させちゃうから。
多人数だと、この「コネクト」ってのがバラけちゃうんだよね。
 
んで、いまいち盛り上がれない。
ここらへんはね、その「場」ってのにコネクトするのが正解っぽいけど、それがマダマダなんだよねー。
 
とうことで、みんな!おさわ・・・じゃなかった、「手触り感」を大事にしてみてね!
 
そんじゃーね!
夜更かしされる方、おやすみ!
起きて読んで下さった人、おはよう!
お昼の方、おひるねして!