キミ、退屈なんでしょ?

このブログは、「コーチング」「自分の感じるもの・考えること」「自分が変化していく過程」「ああああああああーーーーー!!!という叫び」が中心の、見てくれている人の気付きや、毎日の変化の切っ掛けになる様な、24時間365日出会える、「なかだみきと」のフロントエンドです。

話せば、何か変わる?

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話すこと

私も人間だからさ、色々悩むわけで。
 
ここ1~2週間ぐらいね。
 
悲しかったり、イライラしたり、怒ったり、感情が渦巻くわけ。
 
そうしたときにさ、思ったことを話しただけで、何となく「胸のつかえ」が取れたりするんだよね!
 
話すだけでね。
 
不思議と。
 
胸とかお腹とか頭とかの不透明感が、晴れていくわけ。
 
すごいよね。
 

受け取る

じゃあ「話し相手は壁で良いじゃん!?」ってことには・・・まあならない。
 
やってみて?
 
私はしないけど。
 
やっぱり、誰かしらに受け取って欲しいよね。
 
それで何かを確認してるんだろうね。

 

 

誰にも話できない

ただ実はね、私は自分の話を誰にもできなかったんだ。
 
外の人が怖かったんだ。
 
ちゃんと話聞いてくれないかもとか。
 
陰で何か言われるかもとか。
 
無視されたらどうしようとか。
 
色んな声が自分の中で渦巻いて。
 
ビビってたんだねー。
 
まあ、それがコーチングを始める一つのキッカケだったんだけど。
 
だからね、誰かに話してみるって言うことさえ、壁があったりするのはスゴくよく分かるんだ。
 
まず「誰」に話そう・・・からスタートなんだよね。
 

余談

それでね、今はもう違いますみたいな感じに聞こえるんだけど。
 
違うの。
 
あんま、そういった心の壁っていうのは変わらない。
 
取り除くことも、きっと出来ると思う。
 
でもね、取り除いた先の未来が描けないの。
 
全然ワクワクが待っていない。
 
そのことは、色々してみて気が付いた。
 
 

勇気を半分

結局ね、話すのって、半分しか自分は出来ないんだ。
 
ここら辺は「嫌われる勇気」とかの「アドラー心理学」の本を読んで思ったんだけど。
嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 

 

 
自分がどんだけ頑張ったとしても、出来るのは「話す」だけ。
 
「聴かせる」はできない。
 
それは相手の行為だから。
 
 
逆に言えば、自分に出来るのは半分しかないなら、そのことだけ責任を持てば良い。
 
要は「勇気」を出して話すなら、半分で良い
 
 
だから、半分だけ勇気を出す感じで、色々やってみたら?
 
私はいつもそんな感じでやってます!
 
 
そんでは!
夜更かしされる方、おやすみ!
起きて読んで下さった人、おはよう!
お昼の方、おひるねして!
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