みきとがわのめせんあ

このブログは、「コーチング」「自分の感じるもの・考えること」「自分が変化していく過程」「ああああああああーーーーー!!!という叫び」が中心の、見てくれている人の気付きや、毎日の変化の切っ掛けになる様な、24時間365日出会える、「なかだみきと」のフロントエンドです。

ガバガバの練習中

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日々ブログを書いているけど、正直あんま見てもらえてないだろうなーみたいなスタンスで書いてる。
シェアしてコメント付くと、見てもらえてるんだなーと思ってしまうけど。
気にはしているんだけど。
いや、”気にはなる”が正解かな?
 
書いているときは、何が言いたいか意味分からんとか、文としてまとまっていないとか、自分の中でも、書きながらも、書いた後も思うんだけど。
ちゃんと書き直す気が、今はない
自分の感覚では何かあるなーぐらいのレベルが書けたら、更新のボタンを押している。
 

 

気にしすぎる弊害

スゴく気にしていると、色々弊害があるからだ。
1.時間が掛かりすぎる
2.自分に要求してしまい過ぎる
3.完璧病が発動してしまう
4.次のハードルが高くなってしまう
 
何かちょっと被っている気もするけど。
こんな感じで、最悪、次書く気がしなくなるのだ。
だから、とりあえず、OKラインを誰か他の人が面白いじゃなく、自分面白いを基準にしてる。
しかもそれも何となく
 

気にしすぎない更新のメリット

1.ガバガバになる
2.それでも自分OKになる
3.何か出来ているので、ちょっと自信になる
4.何書こうか楽しみになる
5.日常を注意深く観察するようになる
6.頭の中を整理する時間をキチンと取れる
7.誰かの反応があったときはすごくビックリする
8.不出来だったら、また今度直そうと思える
9.今日と明日で、感覚や思いとか、出てくる単語が違うので自分が面白い
 
気にしすぎるよりも、項目が多く書けるな。
単に、今は気にしすぎない方が好きだからかも知れないけれど。
そこら辺もガバガバ。
もうガバガバっていう言葉の意味さえガバガバ。
 
すごく難しいのは、こんだけメリットを書き出しても、現実が変わるわけではない
現実が変わるのは、現実が変わるように行動したときだけ。
現実が変わるのを期待するときは、外から自分をゴールに導いてくれるのを期待し過ぎてるんじゃないかな?と思うけど。
ほんとは切っ掛けでしかない。
ここら辺は、また今度
 

失敗する

最初の文に戻るけど、「正直あんま見てもらえてないだろうなーみたいなスタンスで書いてる」のが自分は大事。
見てもらうを期待すると、裏切られたとき悲しいってのもあるけど。
実際反応が無いときの方が、書きやすい。
書いてて失敗だなーって感覚が多いから。
けっこう恥ずかしいんだよ。
だから、みんなが見ていなかったら、例えば、路地裏とかの何もないところで転けたとしても、転けてしまったなーで済む。
次気をつけようになる。
大通りのど真ん中で転けたら、もう、引きこもりになっちゃう。
 
それでいいのだ。
はね!
毎日書ける気持ちがわく、止めなくて良い。
それが目的なんだ。
 

練習中

書いてそれが面白いとか、誰かの次の行動に繋がるならば、それだけ嬉しいことはない。
今は、その練習なんだ。
 
何だろうこう、今はブログと対話してる感じかもしれない。
もう一つの自分。
フロントエンド。
鏡。
とりあえず、そこからはじめてみよう。
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